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2010年12月20日

カエルの世界旅行。

マサチューセッツ州(スワンジー)で、ガソリンスタンドを営んでいたジョン・ナイトさん。

真面目な彼にとって、何よりの楽しみは旅行だった。

だが1997年・65歳の時。
大きな不幸が訪れる。


肺腫瘍を患ったのだ。



幸い摘出手術は成功したのだが。
以後、体力が衰え、1998年4月頃から車椅子の生活。

他にも呼吸器系の病を患い、酸素ボンベが手放せず、家に閉じこもる生活を余儀なくされた。
せっかくのイースター休暇にも、出かけることさえできない。

妻は、「また外出できるようになるわよ」と夫を励ました。
「クリスマス休暇には、二人で旅行に行きましょう」

だが、妻は知っていた。

「今後、御主人の容態が悪くなることはあっても、決して良くなることはありません」

医者からは、そう言われていたのだった。



「この体、クリスマスまで持つのかな」
夫も、それを感じているかのようなコトを言い、元気をなくしていった。

好きな旅行にさえ、行けないのである。



そんな頃。

庭にあるカエルの置物が一体、盗まれていることに気付く。
10年前に買った、オス・メス一対のカエルの置物。

アメリカでは、カエルは自然の守り神とされ、夫妻にとっては、思い入れ深いモノだった。

「全く。ロクなことが起きないんだよ、俺には」

ナイトさんの落ち込みぶりは、相当なモノだった。

「見てみろ。メスが一人で寂しそうだ。俺が死んだら、お前も…」

妻は、落ち込む夫を元気付けようと、「大丈夫よ、必ず帰ってくるわ」と励まし続けた。

だが、その後もカエルの行方は解らずじまい。


二週間後。

とある手紙が届いた。
手紙の中には、ポストカード。

それは、夫妻の住む町から100キロも離れた、メリーランド州の消印で出された手紙。

同封された写真には、「WELCOM TO ST.GEORGE ISLAND」という看板……の上に、ほっこりと座って落ち着いている、盗まれたカエルの姿が。

ポストカードには、子供が書いたような字で、こう書かれていた。

「庭に座っているのは もう飽きた
出かけて来る」

更に、カエル失踪から4週間後の5月6日。

またしても手紙が。
そこにも、カエルの写真が添えられていた。

「ニューヨークに着いた
また こちらから連絡する」

写真は、ニューヨークのキャッツシアターの前で撮られたもの。

事件は近所の噂となり、地元の新聞社も取材に来た。
そして、地元の新聞に。

「Cament frog really getting around」と取り上げられた。

失踪から一ヶ月。

ついにカエルは海を渡り、スイスに、イタリアにと、写真が送られてくるようになった。

日本にもやってきていた。
インターナショナルホテルの看板の上で、記念写真。

「ボク 日本で人気者になり始めてるよ
この間は スモウとかいう巨体の人に
闘いを挑まれちゃった」

そしてインドネシアから。

「スモウの試合に勝った賞金で
豪華クルーズ中さ」
と、こちらは船上からの記念写真。

夫妻は困惑していた。
手紙や写真を、誰が、何のためにやっているのか。

やがて、TVの報道でカエル失踪のミステリーを、多くの人が知る。
その頃、変化が訪れる。

ロサンゼルスのビバリーヒルズから。

「ママとパパへ
ここは僕みたいな
金持ちなカエルが
いっぱい いる場所さ」

フランス・パリから。

「ママとパパへ
パリには長くはいられないな
だってここじゃ カエルの足が
美味しい料理なんだもん」

いつしか手紙の書き出しが「ママとパパヘ」になり、字体も優しいものになっていた。

「考えてみれば、嬉しいもんだね。きっと、あのカエルは俺の代わりに、世界中を旅してくれてるんだよ」

病気で塞ぎこんでいたナイトさんは、いつの間にかカエルからの手紙を、楽しく思うようになっていた。

「毎日、今頃アイツはどこに行ったのかと想像して過ごしてるよ。
次の手紙が、待ち遠しいねぇ」

ナイトさんはTVのインタビューに、そう答えている。


失踪から、半年以上が過ぎようとしていた頃。
手紙を見ていたナイトさんは、仰天した。

「僕のガールフレンドが寂しがってるかなぁ
今度のホリデー(クリスマス)には 帰ります」

そう書かれていたのだ。

妻は、「ツリーでも出しておきましょうか」と喜び勇んで、立ち上がった。
その時、ナイトさんの身に異変が。

「カエルに、励まされちまったみたいだ。
帰って来るなら、出迎えなくちゃな」

そう言って、車椅子から立ち上がったのである。

カエルの帰宅を楽しみにしながら、ナイトさんは元気を取り戻していったのだ。

カエルが帰ってくるのは、確かなものだった。
何故なら夫妻の家に、「12月21日の正午にカエルが帰ってくるので、注意しておくように」という電話があったからだ。

相手は、名乗らずに電話を切った。

スペクテータ紙の編集部にも、カエルの帰宅は知らされた。
「Globe-hopping frog due back at his owan pad」
【世界を飛び跳ねるカエル、クリスマスまでに帰宅予定】

新聞に見出しに、そう書かれた。


1998年12月21日。
ついに、カエルが帰ってくる日がやって来た。

一体、どんな人なのか。
夫妻は落ち着きなく、その時を待った。

やがて、時計のハリが正午を指した頃。
家の前に、大きな真っ白いリムジンが現れた。

運転手が、後部座席を開ける。
中から、恭しく取り出したモノ、それは。

可愛らしい帽子を被ってはいたが確かに、失踪していた、あのカエルであった。
すぐさま、ナイト夫人の手に渡された。

運転手は、見知らぬ男性に依頼されて、カエルを届けに来たのだと言う。

まるで息子が帰ってきたようだ。
妻は喜び、夫は「いや、この子はサンタクロースだ」と言った。

もう二度と、クリスマスを迎えられないと思っていた自分が、今年のクリスマスを迎えられたのは全て、カエルのおかげなのだと。

カエルの手紙が届くようになって、ナイトさんは手紙が待ち遠しくなっていた。

郵便受けを覗きに行くのが楽しみになり、喜び、いつの間にか。

車椅子なしで旅行が出来るほどに、回復していたのだ。



…それにしても、カエルを盗んだのはいったい誰だったのか。

それは1999年1月11日。
全米ネットのTV番組で、明らかになった。

スタジオに夫妻とカエルを招いて、更に、カエルを盗んだ犯人も、中継で正体を明かしたのだ。

名前はフィル・ギラードという男性。

フィルは、ナイト夫妻と同じ街に住んでいて、タトゥーアーティストとして世界中を回っていた。

そして彼の遊び仲間が、船乗りのリチャード・スペンス。

二人はよく、イタズラを考えていた。
そんな時、リチャードの実家の父親から、カエルの置物を大切にしている夫妻のことを聞いたのだ。

そこで二人は、イタズラを思いついた。

「カエルの一匹を盗んで、旅先から写真を送れば、きっと驚くに違いない」

二人は人の少ない時を見計らって、白昼堂々と夫妻の庭に侵入。
カエルを誘拐したのだ。

その後、世界中から手紙を郵送。
だが、思わぬ事態が。

二人はTVで、ナイトさんが病気を抱えていることを、初めて知ったのだ。
「なんとか、ナイトさんを励ませないか」

イタズラだったはずが、そう考えるようになっていた。

更に、ナイトさんが旅行好きだと知った彼らは、観光スポットで撮影し、ユーモアのある文章を添えて、夫妻を喜ばせようとした。

カエルは5キロも近くあり、落としたら割れてしまう陶器だったので、飛行機では厳重に梱包して、手荷物として機内に持ち込んだ。

日本の税関の時は、ヒヤリとしたそうだ。
「このカエルは何だ、中に何が入ってるんだ」と、しつこく聞かれたという。

やがて報道を通して、夫妻が喜んでいることも知った。

そして知り合いの運転手に頼んで、クリスマスに合わせてカエルを、送り届けることにしたのだった。

キャスターは、「カエルの犯人にあった印象は、どうですか?」と訊ねると、ナイト夫妻は躊躇わず、答えた。

「とても良い人ですね」
「本当に、良い人だわ」
ナイトさんの体は、もうすっかり回復していた。

それから間もなく、夫妻とフィルは実際に対面。

ワールドツアー98という文字と、カエルをプリントした記念Tシャツを、ナイト夫妻に送った、親切な犯人たち。

以後、幾度となく食事をするなど交流を深めていった。

見違えるように元気になったナイトさんは、2年以上も充実した日々を送った後。



2001年6月20日。
天国へと旅立った。



「愉快な犯人と、旅好きのカエルのおかげで、主人と良い思い出を残すことが出来ました」

親切な犯人の名を取って、カエルは帰宅後、「フィル」と命名。

夫との思い出を、いつでも思い出せるようにと、家の中の階段で、いつものように座って日々を過ごしているという。


2008年6月の、ナイトさんの7回目の命日の日。

フィルはナイト夫人と、久し振りの再会。
二人で、夫の遺言で遺灰をまいたという海に訪れている。


【参考:奇跡体験アンビリーバボー】




posted by 隠密 at 22:33 | ラスベガス ☁ | TrackBack(0) | 事件・事故
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